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黄泉の穴考

日本最古の歴史書「古事記」の中に男神のイザナギノミコト(伊耶那岐命)と女神のイザナミノミコト(伊耶那美命)のことが記されている。

 

イザナギとイザナミは天津神から命じられて国造りをし、イザナミは風や川、木、土などの神様を誕生させる。しかし、火の神を生んで火傷をし、死んでしまった。イザナギは比婆山にイザナミを葬ったが、深い悲しみは癒えない。妻に会いたい一心で、出雲にある黄泉の国に向かった。黄泉の国に着いたイザナギはイザナミを連れ戻そうとする。イザナミは「神々と相談します。その間わたしを見ないで」と答え、イザナギは妻を待つがなかなか来ない。しびれを切らし、くしの歯を一本折り、火をともして、イザナギは暗黒の世界に入ったが、そこで見たのは全身ウジにまみれたイザナミの姿だった。

驚いたイザナギは逃げ出し、恥をかいたイザナミは必死の形相で後を追う。懸命に逃げ戻ったイザナミは黄泉の入り口を石で塞いでしまった。・・・・

 

出雲風土記では黄泉の国の入り口の場所を「・・・宇賀(現在の平田市国富、口宇賀、奥宇賀、唐川、猪目などを含む)と云ふ。即ち北の海濱(うみべ)に磯あり。脳磯(なづきのいそ・・・現在の鵜峠と鷺浦の間にある)と名づく・・・」

「磯より西の方に窟戸(いわと)あり。高さ広さ各6尺(1.8m)許(ばかり)なり。窟(いわや)の内に穴あり、人入ること得ず。深き浅きを知らず。夢にこの磯の窟の辺(ほとり)に至る者は必ず死ぬ。故(かれ)、俗人(くにびと)、古(いにしえ)より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と号(なづ)くるなり。」

 

黄泉の穴は出雲市猪目洞窟とされているが、大社町史編集委員の梶谷 実さんは鷺浦と鵜峠の境界にある洞窟こそが黄泉の穴であると異を唱えられている。6月18日、大社歴史を学ぶ会の皆さん15名と一緒に黄泉の穴に出かけ、梶谷さんの説明を聞きなるほどと感じた。

内部の最大のところは高さ9.15、幅6.8m、奥行き27.8m。入り口の高さ2.2m、幅、1.2m。黄泉の坂を思わせる坂の長さ9m、窟口の塞石(千引の岩を思わせる)高さ2m、幅2.9mである(平成6年8月 銅山を訪ねる会と大社町教育委員会測定)

 

鵜鷺の洞窟からは風土記の内容は記述できるが猪目洞窟から風土記の記述は生まれにくい。神々の話の信憑性を追求してもあまり意味ないとも思えるのだが人間が書いたものであり、猪目洞窟が黄泉の穴とするには無理がある。(ユウ)

 

  参考資料  山陰中央新報 2008.5.26

        出雲風土記の世界 〜黄泉の穴をこう考える〜

                       講演会資料 1994.10.15

黄泉の穴考

         鷺浦の港より船で約10分の所に鵜鷺の洞窟がある。  
         大社歴史を学ぶ会のメンバー15名と訪ねてみた。
         ごつごつした岩場をよじ登るとそこに気味悪い洞窟がある。
         ここは地元の人がくることはない。黄泉の国の住人になるの
         が怖いからか?


黄泉の穴考

         洞窟の内部はひんやりと肌寒く
         気味が悪くてひとりでは、とてもじゃないが入れるところではない


黄泉の穴考

         洞窟内から見た入り口
         急な坂となっており(これが黄泉の坂と言われる坂?)、
         ロープなしで出入りするのは難しそうだ


黄泉の穴考

         上は出入り口を塞ぐ岩(千引の岩)?
         下は(黄泉の)坂から生還するところ


黄泉の穴考

          猪目洞窟(黄泉の穴と云われている)の入り口
               (幅 30m、奥行き30m)

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